2012/04/27

<รดน้ำดำหัว>กับ<รดน้ำเถ้ากระดูก>



<ロットナームダムフア><遺灰に水を注ぐ>

4月26日、バンコクのシーサオテーウェートにあるプレーム・ティンスラノーン邸に首相と3人の副首相が訪れソンクラーン新年の議式の一貫であるダムフアがおこなわれた。この儀式は密教にある灌頂によく似ていて師が弟子の頭に聖水をかける儀式である。ソンクラーンはインドから来た習慣なので仏教の儀式のようにも思われるが、キリストがメシアという意味で元来は頭に油を塗られたものが王になったというのが救世主の意味になったことを考えると、この習慣はインドとユダヤとともにメソポタミアから始まった習慣という気がする。今回のダムフアは進み始めているプローンドーンをより押し進める行為のようである。

一方、赤服集会があったラーチャプラソーン交差点では、この時の集会鎮圧の犠牲になったガモンゲート・アッカハート看護師ボランティア、通称ノーンゲートの27才の追悼誕生日集会で母親のパヤオ女史はノーンゲートの遺灰に水を注ぐ仏教の儀式をやっていた。ノーンゲートは赤服集会には直接の関係はなかったが、看護師の仕事をやっていたのでボランティアとして2553年5月19日の集会鎮圧の時にはワット・パトゥムワナラームで鎮圧で負傷した集会参加者を助けていた。そして夕方の赤服集会解散宣言で集会が終わったあとワット・パトゥムワナラームで他の参加者5人とともに射殺された。事件から2年という時が過ぎているにもかかわらず事件の調査は30%しか進んでいないということである。集会における声明では政府が推進するプローンドーンには賛成だが、集会の鎮圧を戦争兵器を使用して実弾を使うという司令を誰が出したのか、その指令者をプローンドーンという和解案に入れるのは反対だということである。タクシン元首相のプローンドーンでは、すべて忘れてしまいましょう、ということでカンボジアでの集会以来は政府も法案作成に向けて力を入れているようだが、確かに2549年のクーデターから数えるとタクシン元首相の海外生活は6年目に入り早くタイに帰国したいという気持ちはわかるが、ここで慌てて集会で亡くなった91人の犠牲者の気持ちを無視してプローンドーンを推し進めていくと赤服との関係にもヒビが入るような気がする。


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