2011/08/25

<セークー>


<แซ่คู>

セークーと読みセーは漢字では姓でクーは丘である。タイに住む中国系の人たちで名はタイ風にするが姓はこのように中国風にする人も多いようである。1938年チェンマイで絹の商売で成功していたサックはセークーという姓をタイ風のチナワットに変えてサック・チナワットと名乗るようになった。サックの世代からチナワット家は華僑色を弱め同化の傾向を見せ始め官僚になるものもでてくる。このサックの孫がタクシン元首相で彼も丘達新という中国名を持っている。そしてアピシット前首相も客家で三国志で有名な袁紹と同じ袁(Yuan หยวน)という姓を持っている。

選挙の勝利宣言から連立する政党も決まり299議席で政権を運営していくことになったジンラック首相であるが、当初はビジネスを続けたかったようであるが今回が最もいい機会であるということでタクシン元首相に説得されたようである。この抜擢はタクシン元首相が予想した以上に国民の人気を呼び起こし圧倒的な勝利になったようである。しかし彼女の能力を疑う人もいるが仕事が出来るというのは確実だと思う。それは彼女もタクシン元首相と同じく客家の4代目だからである。

中国が清のとき1850年から1864年にかけて広東省、広西省から始まった太平天国ではこの辺りに住んでいた客家が中心になっている。太平天国の指導者である洪秀全は広東省花県の客家で主な指導者も同じく客家である。太平天国の軍は男性宿舎と女性宿舎がはっきりと分かれていて女性も戦闘に参加したようである。大切なのは客家の女性はそのころ中国にあった習慣であるてん足を絶対せずに働き者であったということである。

※ てん足、纏足
中国で、女性の足を大きくしないため、子供のときから親指を除く足指を裏側に曲げて布で固く縛り、発育をおさえた風習。唐末ごろに始まり、宋代から流行したが、清末に廃止運動が起こり、清滅亡後消滅した。


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