<2553年5月 3年を偲ぶ>
2556年5月19日、バンコクの一つの中心地ラーチャプラソン交差点から北へプラトゥーナーム交差点そして南へはルンピニー公園がある交差点、この地区にどれほどの人たちが集まってきたのだろうか、新聞発表では5万人以上、ノーポーチョー(反独裁民主戦線)の発表では10万人台と集会参加者の人数がいつもはっきりしないタイであるが赤服学校の校長でイサーン地方の責任者であるニシット・シンプライが舞台上でイサーン各地の代表を紹介するときにウドーンタニーから来たバスが90台と言っていたので1台に45人は乗れるとして4,050人で、イサーン地方と北部からのバスは何十台という単位だったのでどれくらいの参加者が来たのか分かるという気がする。そして3周年目において南部からの赤服がまた増えたというのが印象的だった。おそらく南部を地盤とする民主党としては歯がゆいというか恐怖を感じているだろう。
10時40分には予定より10分遅れてタクシン元首相がスカイプを使って集会に参加したわけであるが、これまでとは違い表情には怒りがあり自身でも今日の集会では重要な発言をする言ったとおりにインラック首相のモンゴルでのスピーチに対する批判また憲法改正の推進を含めて、これ以上は後退できないことをはっきりと表明したという気がする。そして3年前のセントラルワールド火災の真犯人を捕まえた人には1,000万バーツの賞金を出すということである。またノーポーチョー(反独裁民主戦線)は3年目の集会のまとめとして次のような声明を発表した。
1.本物の民主主義の実現に向けて国民に権力を返還するように求め平和手段で闘い犠牲になった英雄を賛美する。
2.闘いで犠牲になり負傷した英雄と自由をなくした英雄そして司法により起訴された英雄の正義を要求する。政府は国内と海外に事件の真相を伝え迅速に事件の指揮者を法的措置にすべきである。
3.この集会は軍および司法そしてアムマート制度によるいかなるクーデターにも抵抗することを表明する。
4.この集会は2549年のクーデターにより発生した憲法および不公平な法律を排除することを表明する。
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