2013/03/10

<ก่อการร้าย>กับ<ก่อการใส่ร้าย>


<テロリズム><フレームアップ>

<ก่อการร้าย>という言葉に<ก่อการใส่ร้าย>ใส่という一言を入れるだけで<テロリズム>という意味が<フレームアップ>という意味に変わってしまう。2553年4月にできたソー・オー・チョーことศูนย์อำนวยการแก้ไขสถานการณ์ฉุกเฉิน(緊急事態対策指揮本部)は赤服集会を鎮圧するためにできたのだけではなく、鎮圧を終えた後にも赤服集団をテロリストをいう名目で追い詰める意図も持っていたという気がする。おそらくソー・オー・チョーには心理作戦の部門があり、兵隊は単なる集会参加者では撃つことが困難なのでスアダム(黒服のテロリスト)を登場させテロリストを国のために撃つのだという名目を立てたのだと思う。また<เผาบ้าน เผาเมือง><家を燃やして国を燃やす>という言葉を考えだし赤服の集会はバンコクはおろそかタイを燃やそうとする破壊集団というレッテルを貼ってしまったのである。このスローガンは地方ではそれほどには影響を与えなかったと思うが、長期間の集会が行われたバンコクでは有効であったようである。その証拠には集会鎮圧から3年も経つのにさきほどのバンコク知事選ではこのスローガンが有効で民主党は機会があるごとに<家を燃やして国を燃やす>という言葉を使って政敵を除外しようとしている。バンコクに何世代もが住んでいる人たちにとってはバンコクが住みにくい都市になっても愛着はあるのだろう。

<家を燃やして国を燃やす>という言葉の象徴ともなったセントラル・ワールドであるが、3月の保険金をめぐる民事裁判ではテロリズムではなく暴動炎上という解釈になり損害保険会社テウェート・インシュアランスはセントラル・ワールドに保険金を支払うという判決になった。この判決が24人のノー・ポー・チョー幹部をテロリズムで訴えている刑事裁判にどのような影響をあたえるのかわからないが、ますます事実が出てきて<ก่อการร้าย>は当局が企てた<ก่อการใส่ร้าย>になっていくという気がする。

写真はWallpaperことシリチョーク・ソーパー民主党議員が主張する芸術写真を使うことにする。選挙演説カーに乗るインラック首相とポンサパット都知事候補で背景はバンコクが炎上しているところでニュースをよく見ていない人が見るとインラック首相とポンサパット都知事候補が<家を燃やして国を燃やす>に関連していたと誤解するのは当然だと思うのだがシリチョーク・ソーパー民主党議員によるとリタッチしていることを認めているので問題はないということである。ついでに書いておくがシリチョーク・ソーパー民主党議員のニックネームがWallpaperなのは、いつもアピシット党首の後ろにいて背景になっているということだろう。


2013/03/07

<ตะโกนในโรงหนัง>


<映画館内で怒鳴る>

まずはタイトルの意味が分かりにくと思うのでWEB辞書からの引用を書いておく。
”汚い方法で政治上の敵にダメージを与えることで、特に虚偽の情報で大衆の恐怖感を煽りたて政治上の敵に対する憎しみや嫌悪感を植え付けるやり方で2490年から民主党の常套手段となっている”
これは2489年に政治上の敵であるプリーディー・パノムヨン当時首相を蹴落とすためにバンコク市内のサーラーチャロームクルン映画館内でプリーディー・パノムヨン当時首相を誹謗中傷する言葉を怒鳴ったことにより首相を辞任して海外に亡命せざるをえなくなった事実から来ている。

さて2556年3月3日のバンコク都知事選の結果は、民主党のスクムパン・ボリパット候補が125万票、プアタイ党のポンサパット・ポンジャルーン候補が107万票でスクムパン・ボリパット候補が二期目の知事職に就くことになったわけである。有権者数424万の内64%にあたる271万人が投票したということである。はたしてバンコクの住民数は何人くらいなのか調べてみると820万人はいるということである。単純に考えると400万人がバンコクに住民登録していないことになる。これだけの人数が短期のバンコクへの出稼ぎ者と考えるのもおかしいわけで中には長期滞在者もいるはずであることを考えると民主主義の欠陥であるとは済ますことができない問題であるという気がする。プアタイ党の政策をもとにした選挙運動に比べて民主党は常套手段である誹謗中傷作戦に出たわけであるが、この汚いやり方を受け入れるバンコク都民はどのように考えているのか単に保守派だからという理由では説明できないと思う。おそらくプアタイ党になると得意のนโยบายประชานิยม(大衆主義)を使うのは確実でそれがもう権利を十分に持っている有権者424万人に拒否されたことにもよると思う。

そして常識がある知識人による選挙結果の分析を見ると民主党の勝利はいつものことであるが負けそうになるとでてくる誹謗中傷でプアタイ党のバンコク統治を恐れた有権者が投票したことが大きいとしている。今回のプアタイ党のポンサパット・ポンジャルーン候補に対するものは<เผาบ้าน เผาเมือง><家を燃やして国を燃やす>に始まり最終段階ではノー・ポー・チョーのジャトゥポーン・プロームパン前議員が副知事になるというデマを流してバンコク都民の反ノー・ポー・チョー意識をかき立てたようである。また選挙結果を認定する選挙委員会は6日の会議でこれらの誹謗中傷が選挙違反に当たるのか検討するとして30日間の調査期間をおいたようである。
はたして保守寄りで民主党寄りの選挙委員会が民主党に不利な判定をするわけがないと思うが、明らかに誹謗中傷とわかる戦術が正当化されるにはどのような言い訳が使われるのか楽しみではある。


2013/03/01

<ดีแต่พูด>กับ<ดีแต่ร้องให้>


<お喋り上手><泣き上手>

タイトルの<お喋り上手>はマスコミがつけた民主党の肩書きであるが、本来は<お喋り上手>
というのではなく偽の情報を元に相手を攻めるのが得意なだけである。その上に25547月の
下院議員選挙で不利になり最後の選挙演説で泣いたステープ・トゥアクスバン民主党議員
はもとより、今回はバンコク都知事選で不利になったスクムパン・ボリパット前バンコク都知事まで
が泣いたということで、これからの民主党の肩書きは<お喋り上手>以外にも<泣き上手>
増えたというわけである。おそらく同情票を狙っているのだと思うが、最近の民主党は気が狂った
としか思えないような党になったようである。

33日に投票が行われるバンコク都知事選の主な候補者は9番のポンサパット・ポンジャルーン
前麻薬取締委員会事務局長兼警察副長官(プアタイ)と16番のスクムパン・ボリパット前バンコク
都知事(民主党)で政策を元にした激しい戦いが続いていたわけであるが、終盤戦で民主党
首脳部は優勢なポンサパット候補に対抗する手段として25547月の下院議員選挙で不利な
状況を打開するためにステープ・トゥアクスバン民主党議員が使った泣き落とし、デマゴギーを使い始めたようである。悪辣なデマゴギーは使い古された<เผาบ้าน เผาเมือง><家を燃やして国を燃やす>で2553年の赤服の集会にまったく何ら関係もなかったポンサパット候補を関連付けバンコク都民の恐怖心を煽り立てるやり方はヒトラーとナチスがユダヤ人が暴動を企んでいるというデマゴギーでユダヤ人を虐殺したやり方とほぼ一致している。

このようなデマゴギー戦術はアピシット党首と取り巻きのアイスクリーム・ギャングがやっているだけかと
思っていると意外にもおとなしいチュアン・リークパイ元首相も巻き込まれ<家を燃やして国を燃やす>
と叫びだしているようである。たった一人残った常識がある長老のピチャイ・ラタクン民主党元党首は
余りにもの民主党の落魄ぶりに危機感を抱いたのか、もしバンコク都知事選で民主党が負けた場合はアピシット党首に党首を辞めることを勧めているようである。

一方、各世論調査で優勢なポンサパット候補にも不安は残り、25547月の下院議員選挙の
世論調査ではバンコク地区の選挙でプアタイ党の優勢がはっきりしていたのにもかかわらず開けてみると民主党がバンコクで勝利したのは明らかに不正があったようである。今回の都知事選も前回の選挙と同じく選挙を取り仕切る役人ははっきりと民主党支持者と言うよりはプアタイ党を支援する地方の人たちを蔑視する人たちでどのような不正が行われるかはクーデター以降は顕著に「何でもあり」のバンコクなのでどうなるか分からない状況である。


2012/08/21

<ความเจิงเพื่อความยุติธรรม>


<正義のための真実>

9月1日に<ความเจิงเพื่อความยุติธรรม>という1,000ページくらいある本が出版される。2553年の赤服集会鎮圧事件の報告書で、事件から2年4ヶ月が過ぎてもカーオソット紙が出版した事件を説明する雑誌のようなものがあっただけで、これだけの報告書は初めてだろうと思う。本来はアピシット前首相が事件後に設立した
คณะกรรมการอิสระตรวจสอบและค้นหาความจริงเพื่อการปรองดองแห่งชาติ (คอป.) コー・オー・ポーという国家和解真相究明独立委員会がこのような報告書を出版すべきだと思うのだが、8月中には最終報告書が出ると新聞には出ていたと思うが何らかの事情で遅れているのだろう。<ความเจิงเพื่อความยุติธรรม>を正義のための真実と訳したがความยุติธรรมには公正、公平という主な訳語があるので公正のための真実としてもよいと思うが、それでは真実が出てきたあとの行動に対する重みがないので<正義のための真実>とした。
司馬遼太郎がイデオロギーという言葉を正義の体系と否定的に訳したことを考えると余り正義という言葉は使いたくなかったのだが、また真実をもって正義を判断する裁判所や独立機関である人権委員会が不公平である現在のタイの状況を考えると正義というもともと重みのない言葉は政治抗争の中で吹き飛んでしまったのだろう。

今回の抗争の中で集会をやった赤服としては、選挙の結果ではなく異常な方法で政権についた民主党アピシット政権を解散させ選挙をやることが真の民主主義で正義だったのだろう。一方、鎮圧をしたアピシット政権としては選挙の結果でできる政権が民主主義であるのは分かっているとは思うが自分たちの利権と利益を守るためには民主主義をやっていると自分たちの正義が守れないのでクーデターでもなんでも利用して政権につこうとしているのだろう。さてこの本を出版したソー・ポー・チョーという団体は集会鎮圧事件後に事件に疑問を持った少数の若者たちが始めたということである。
ศูนย์ข้อมูลประชาชนผู้ได้รับผลกระทบจากการสลายการชุมนุม กรณี เม..-..53 (ศปช.)
集会鎮圧で被害にあった人たちの情報センター 2553年4月から5月
また表紙にある数字が何を表しているのかは次のとおりである。
これらの数字を見ていると真実はなんと恐ろしいのかと感じる。いったい何のためにこのような数字が出る事件が発生したのか、裁判の結果がどのようになってもこれらの数字ははっきりと歴史に足跡を残したのであって決して消し去ることができない数字だと思う。

94 死者数(今のところは98人になっている)
7  女性の死者数
87 男性の死者数
32 頭を撃たれた死者数
14 最年少の死者14才
76 一般市民死者数
1,283 負傷者数
117,923 使用した銃弾数
2,120 スナイパーが使用した銃弾数
3,000,000,000 軍が使った費用
67,000 投入した軍人数
700,000,000 警察が使った費用
25,000 投入した警察官数
1,857 逮捕された人数
1,763 56ヶ所の裁判所で裁判を受けている人数
167 18才以下の裁判人数


2012/08/08

<3จัวหวัดชายแดนภาคใต้>


<タイ深南部><最南部3>

タイのマスコミには続けて南部問題おもにテロ事件に関したニュースが増えてきている。また8月1日から開催した通常国会では、野党民主党によるインラック首相にたいする不信任動議が検討さていて不信任の項目の一つとして南部問題が取り上げられそうである。政府閣僚はそのような状況になれば反対に民主党政権のときに99日間で南部問題を解決するとした公約がまったく実行されなかったことを追求し返すということである。
タイのマスコミでは事件が起きている場所をタイトルにした<จัวหวัดชายแดนภาคใต้>としている。そして日本語のマスコミはこの言葉を<タイ深南部>としていて、ぼく自身もこれまでの記事では<最南部3>としているが、よく考えてみるとおかしいという気がする。深い南部ということはバンコクからは遠くはなれている中央とは関係がないというイメージにつながっていくと思う。

7月中に起きた事件は85件で銃撃戦32件、爆弾事件19件、放火事件6件、Car Bomb3件、そして死者42人、負傷者96人である。この間9年間で起きた深刻なテロ事件は1万件以上に及び平均すると1日あたり2.7件の重大な被害をもたらす事件が起きており、死者総数は5千人を超えたということである。
またこの9年間で政府がつぎ込んだ予算は1,610億バーツということで、これだけの予算と犠牲を払いながらテロ事件がない平和な地域に戻るのか、いろんな解説を見ていると糸口さえも見つけ出せてないのではないだろうか。パッタニー王国を理想とする分離主義者の仕業という見方があれば、民主党のように麻薬密売業者、人身売買組織、非合法燃料売買組織、関税を支払わない不法商品を取り仕切っている組織がやっているという認識もあり、はっきりとした鎮圧する相手が浮かんできていないという気がする。いずれにせよ分離主義者は中央からの不公平、差別、格差の解消を要求して分離しようとしていて、パッタニー王国があったころは反対にこの地域がマレー半島の中央であったという認識を考えると<タイ深南部>ではなくタイ語通りに<南部国境3県>と訳したほうがいいという気がする。




2012/07/31

<ประชามติ>


<国民投票>

2012年8月1日に通常国会が開催される。この間にマスコミで話題になっているのは前回の国会で議論された憲法改正のことで、第3読会の決議まで行ったが憲法裁判所から横槍が入って止まったままになっている第3読会の決議を続けるのか、それとも憲法裁判所の提案である国民投票をやってから決議をするのか、もしくはこれも憲法裁判所の提案である憲法の条項ごとに国会で討論して改正していくのか政府はまだ判断していない状況である。国会における憲法の条項ごとによる改正となると憲法草案議会を作って新しい国民憲法を作るとしていたプアタイ党そして政府の公約は達せられなくなるわけであるが、今の状況を判断すると政府は国民の生活向上と国の前進に向けた政策を推進していくには慎重にならざるを得ず、結果としては国民からは後退しているように思われるかもしれないが、国民の未来を握っているのはインラック政権で野党民主党また憲法裁判所は反対するだけで何らの決定権がないのははっきりとしている。

さて憲法裁判所を始めとして2550年のクーデター憲法を死守しようとしている勢力が主張する、この憲法は国民投票を経た憲法で全面改正には国民投票を行なって国民の意志を問うべきであるという意見であるが、この国民投票がクーデターで布告された戒厳令が全国の半分近くになる35県で続いていたことに見られるように軍の監視下というか銃のもとで行われた国民投票でありボイコット呼びかけるいかなる行為も法律により禁止されたいてという事実を隠して2550年憲法の正当性を主張するのはごまかし以外に何者でもないという気がする。国民投票結果の数字を見るとぎりぎりで通ったという気がする。また地図にある各県における賛成と反対は緑が濃くなるほど賛成で赤が濃くなるほど反対である。地図をよく見ていると気づくのは深南部3県は薄い緑で南部中部は濃い緑になりクーデター憲法を支持した民主党の影響力が南部中部で強いということがわかる。また北部と東北部で反対である赤色になっていくのは、この時期はまだノーポーチョーを中心とした赤服集団はそれほど組織化されていないのでクーデターに反対するタクシン派だと思っていいだろう。そして注目すべきは東北部にあるナコンラチャシマーとブリラムが薄い緑で賛成票が多かったということである。はっきり言って人口の多いこの2県がクーデターに反対していたら国民投票は逆転していただろう。

2550年8月20日の国民投票結果
 

投票者総数    25,978,954 57.61%
不投票者総数 19,114,001 42.39%
有権者総数    45,092,955

賛成 14,727,306 57.81%
反対 10,747,441 42.19%
合計 25,474,747


2012/07/13

<ตุลาการภิวัฒน์>


<司法強調主義>

最近の新聞等でよく見られるタイトルにしたตุลาการภิวัตน์をどのように訳せば良いのか長い間考えていてWebのアップデートも止まってしまったわけである。辞書で調べるとjudicial activismという英語での訳しかなく仕方なく司法強調主義としたが、他にも訳し方があると思うので書いておく。
司法積極主義、司法反民主主義、司法独断主義、司法独裁主義、司法ファシズム、もしもっと適切な訳し方が分かれば変えていくつもりである。

司法強調主義がはっきりとでているのは憲法裁判所による一連の反タクシンまたは反民主主義の判決で7月13日の午後にはこの間の国会における憲法改正行為が憲法違反になるのか憲法裁判所による判決がでる。今回の経過を見ているとまともな人には到底見ていられないような憲法裁判所というひとつの司法機関が立法権を侵す行為で民主主義を願う国民の意志を踏みにじる行為だと思う。
9人いる判事のうちの一人は適切な判断ができないということで判事団から抜け、残る3人も同じような判断で抜けたかったようだが抜けるわけには行かず8人の判事で判決を決めるわけになったわけであるが、もし4対4になればどうなるのか、その時には当日1人が病気で欠席するということが囁かれ、モップによる抗議を恐れて憲法裁判所にはいつでも脱出できるようにブラックホークが用意されているというのを聞くと、すべてが田舎芝居に思えて仕方がない。


2012/05/23

<ต่างจังหวัดตั้งรัฐบาล คนกทม.ล้มรัฐบาล>


<地方が政府を作りバンコクが政府を倒す>

このタイトルが言う過去の出来事は2549年から始まったパンタミットの集会がバンコクを騒乱状態にしたことにより、対立を解消して鎮静するという口実を与えクーデターが起こったことを指しているのだろう。この時の政府タイラックタイ党は地方特に東北部と北部を大きな基盤とした政党でパンタミットはバンコクに住むアマートと呼ばれる反動勢力を基盤にしていたからであろう。

5月18日に憲法裁判所の判決で議員資格を剥奪されたジャトゥポーン議員の事件は、民主党に利用されプアタイ党を解党にする第3回目の陰謀計画が始まろうとしているようである。しかし各新聞によるともし最悪プアタイ党が解党されてもインラック首相を始めとする主要メンバーは党首及び執行委員ではないので、新しい政党のもとに結集して政権を維持できるということである。また前回のネーウィングループのように党を抜け出て民主党と手を握るというグループもいないし、100人位の動員力しかなくなったパンタミットが空港を占拠することも不可能で、サマック元首相のように料理番組に出ている人もいないので大丈夫だということである。その上に前回のようにパンタミットがバンコクで集会をして騒乱状態にしたことをバンコクを愛するというか利益を得ている人たち反動勢力は拒否しているようである。しかし前回2回の解党を見ていると100人以上の党員が5年間の選挙権を剥奪されるのは予想されることで政治が遅延することは逃れることはできないだろう。これら100人の人達は国民から選ばれて国政を担当していた人たちで、プアタイ党も選挙で選ばれて政権を担当している党である。それを国家の一機関である憲法裁判所が3回も解党して仕事ができなくなるということは、国民への裏切りで憲法違反よりも重い罪になるのではないだろうか。もし今回も解党という判決が出るのなら今回こそは裁判官の意志より国民の意志を重視して解党判決は聞き流すのが一番だと思う。


2012/05/16

<จ่าสูทแดง>


<赤いスーツの警察准尉>

5月14日に国会において15日目になった憲法改正論議第2読会が終了した。次は憲法の規定通りに15日後に第3読会で採決が行われて全国で...の選挙があり各県1人の77人と指名の22人が選ばれ憲法草案議会が動き出すことになる。15日間の論議は主に委員会提出の291条26項目に対して野党民主党と一部上院議員が修正案を説明するということで行われたわけであるが、修正されたのは291/5だけで残りはすべて委員会の案が通ったことになる。2550年憲法を破棄することになる新憲法で反対派が一番こだわっていたのは司法制度と独立機関の存続だったと思う。そして民主党はさっそく国家調査員委員会と憲法裁判所に対して今回の憲法改正が憲法違反であると訴えるようである。

憲法改正論議第2読会は委員会の案に反対する野党民主党と一部上院議員が修正案を説明するということで与党であるプアタイ党の議員の出番は投票のときに委員会案に賛成するか、反対派が用いた説明の引き伸ばしや案から外れた論議になったときにประท้วงと抗議するだけだったようである。しかし論議の進行には必要な事項で野党民主党の論議を野放しにしていると新しい憲法がタクシン元首相とそのグループのためだけに作成するのだという論法で終わりがなかっただろう。では2550年憲法がタクシン元首相とそのグループを追い出すための憲法であったということについてはどう考えているのかおそらく誰も語れないであろう。

さてประท้วง抗議の回数が一番多く目立っていたのがのがプアタイ党のจ.ส.ต.ประสิทธิ์ ไชยศรีษะプラシット・チャイシーサ議員である。スリン県選出の議員で元警察准尉である。この人が国会に赤いスーツを着てくる時は上から下まですべてが赤で携帯電話も赤ということである。父親がスリン県の一つの村の村長で民衆を愛した父親の影響で警察官になり政治家になり民衆のために仕事がしたいということである。国会議員にしては財産が少なすぎる人であるが持っている2台の車のうちの1台はクボタの耕運機ということである。


2012/05/02

<ยิ่งลักษณ์ทัวร์ปัตตานี>


<インラックパタニーツアー>

4月29日にはユッタサク副首相、プラユット陸軍司令官と共にパッタニー入りしたインラック首相は深南部の地域指導者と宗教指導者と出会い、政府が深南部の正常化と経済活性化に向けて真剣に取り組んでいるということを説明したようである。それに対して宗教指導者はこの時期の不安定で危険な深南部に首相自らが来たことを感謝するとともに、2年8ヶ月の民主党政権のときにアピシット前首相は深南部に一度も足を踏み入れたことがなかったと語った。またこの前日にはヨンユット・ウィチャイディト 副首相兼内相、キティラット・ナ・ラノーン副首相兼財務相、ナタウット・サイグア農業副大臣がヤラーに先入りして深南部から集まってきた政府関係者、実業界の人たちに対して深南部においての経済活性化を図る政府の政策を発表した。特に3年後のアセアン経済共同体に向けたイスラム教徒が食べられるハーラル食品を作る工場の拡張と南部のシンボルであるゴム園の拡張について説明していた。現在のところタイ全国でゴム園は1,800万ライあり、国に与える収入は6,800億バーツで2556年には1兆バーツにもなるということである。この3人の閣僚を見るとヨンユット・ウィチャイディト 副首相兼内相はスラータニー出身でナタウット・サイグア農業副大臣はナコンシータマラート出身で二人とも南部の人である。そしてキティラット・ナ・ラノーン副首相兼財務相は名前が示すとおりにラノーンには深い関わりがあり、ラッタナコーシン初期に中国から移民してきた子孫である。また先祖はマレーシアからゴムの木を持ってきてトランに初めて植えた人であるということである。

インラック首相の深南部入りについては、さっそく民主党のチャワノン報道官は、首相の深南部入りはいいことだがハジャイとヤラーでの同時爆発はタクシン元首相がマレーシアにおいて分離主義者と話し合ったのが原因であるという、まったく根拠のない情報をもとにした作り話を否定されても、嘘だというのが証明されても使っているようである。その上に民主党の根本の認識ではテロをやっているのは分離主義者ではなく、麻薬密売業者、人身売買組織、非合法燃料売買組織、関税を支払わない不法商品を取り仕切っている組織がやっているということである。