2013/06/02

<การไฟฟ้าฝ่ายผลิตแห่งประเทศไทย กฟผ.>


<タイ発電公社>

2552年、4年前にタイ発電公社はBreak out(突発事故)という広大な地域で突然に電気の供給が停止したときにどのように対処すべきかというビデオを作った。そのビデオでは10分以内に回復できるとあり、また5分以内に回復できるように改善しているとなっていた。しかし5月21日18:52に南部の14県で起こった大停電は23:45になってやっと回復したので停電はほとんど5時間続いたことになる。特に南部国境地域の3県は正常に電気があったとしても夜はテロリストからの攻撃を恐れている地域なので、この5時間の恐怖は計り知れないものであったと思われる。

今も続いている調査で分かったことは当日南部で足りない電力を中部から送電している4本のケーブルの内の500kvのケーブルを定期検査していたところ雷によりもう1本の500kvのケーブルが破損してしまい2本のケーブルが送電できなくなったことにより、南部にあるカノーム発電所、ジャナァ発電所、ラッチャプラパー・ダム発電所の3ヶ所、普段は1,600Mwを発電する能力があるが南部地方で日常で必要な2,200Mwの内、600Mwを送電していた中部からのケーブルが破損したことで送電できなくなり、南部の3ヶ所の発電所はその分を補おうとして過剰操業になり自動的に3ヶ所の発電所が停止して大停電になたということである。

この問題を解決すべくタイ発電公社としては南部に石炭を使った発電所を作ろうと計画はあるのだが地元住民の反対でなかなか実現しないようである。現在ある計画はプラチュアップキリカーンとクラビーに800Mwの発電所を作るために地元住民を説得しているようである。




2013/05/31

<องค์ประชุม>และ<ใช้สิทธิอภิปราย>


<委員会構成数>そして<論議する権利を使う>

5月29日の憲法裁判所の判断では上院任命議員等が訴えていた4件の憲法改正動議が憲法38条に違反するという案件は上院・下院議長の釈明文を待って判断するということであったが、ルアングライ・リーギットワッタナ元上院任命議員の訴えは却下されたようである。ルアングライ元上院任命議員の訴えとは憲法改正動議68条と237条について国会での第一読会が通過して審議会で修正議論をする第二読会に民主党議員36名が参加しているのは憲法68条に違反するので民主党を解党して党首と党役員は5年間の公務停止処分にすべきでるということである。ルアングライ元上院任命議員の訴えの意味は、民主党は憲法改正動議を憲法68条に違反する行為だと訴えているが、訴える人が訴えられる人と同じ審議会で議論をしている行為は、この行為を認めていることで民主党もまた68条に違反するとして訴えられるべきだと考えているのだろう。

この訴えを却下した憲法裁判所は理由として民主党議員が審議会で議論をしているのは野党も審議会に参加するという定足数の規定があるとともに国会議員は議論する権利があるのでそれは当然のことで、また今のところ民主主義制度統治の転覆を目論んでいるという行為も見つからないので却下するということである。憲法改正は第291条(原則・方法)憲法改正は以下の原則及び方法によってのみ、これをなすことができる。という条項ではっきりと認められていることで、その行為を憲法68条第一項の民主主義制度統治の転覆という重大な罪状で停止させようとするのは憲法裁判所にとっても厳しいのかサマック・スントラウェート首相を解任するときに辞書を繰りながら考えついたように今回もどのように判断すればよいのか9人の裁判官が考えているのだろう。



2013/05/30

<มาตรา 68>และ<มาตรา 237>


<68条><237条>

29日に憲法裁判所が憲法改正動議特に68条が憲法違反であるかどうか判断を示そうとしている土壇場で民主党ソンクラー県選出のウィラット・ガラヤシリ議員が憲法裁判所に訴えを起こした。この議員を始め民主党の議員も憲法改正の第二読会である審議会に参加してแปรญัตติ(動議修正)に参加しているのだから、今さら憲法改正行為が民主主義体制を打倒するものだと68条で訴えるのは国会という立法機関を無視する行為で民主党は選挙も認めず、ここにいたっては国会も認めないという集団になったようであるが、民主党としては審議会でも自党の意見が通らないのでここは憲法裁判所に頼るしかないという判断になったのだろう。国会で少数派の自党の意見が通らない時は国民に訴えるのでなく憲法裁判所に訴えるのが民主党の常套手段になったようである。さてその訴えであるが先日提出されたパンタミットの訴えとよく似ているが次のとおりである。

1.2550年憲法68条と237条の改正動議を取り下げるようにすることを訴える。
2.プアタイ党、チャートタイパッタナー党、パラングチョン党、マハーチョン党、プラチャーティパッタイマイ党、チャートパッタナー党の解党を訴える。
3.憲法裁判所が判断を下すまで68条と237条を国会で討議するのを停止する臨時措置を訴える。そしてこの訴えはパンタミットとは関係はなく、プアタイ党への嫌がらせでないことを言っておく。

またこれ以外にも2兆バーツ借入法と和解法についても順次、憲法裁判所に訴えていくということで民主党は憲法裁判所内に民主党支部を設けたほうが便利になるし憲法裁判所は民主党内に裁判所を設けた方がいいという気がする。

そして29日の夕方になっても憲法裁判所は判定を下していない。理由としては上院・下院議長が今回の訴えに対して釈明文を憲法裁判所に提出するのを待つというのが表向きで本当はどのような決着つければいいのか迷っているのだろう。この問題になっている2550年憲法68条について考えてみると大切なのは1項にある次の点だと思う。

民主主義制度統治の転覆、もしくは本憲法が規定する方法に拠らない国の統治権の奪取のために、本憲法に基づく権利及び自由を行使することはできない。

訴えられたのは憲法改正動議を提出した上院・下院議員312人と動議を受け付けた両院の議長である。しかし彼らは与党で国の統治を担当しているのにどうして転覆させる必要があるのだろうか。それともこの条項の趣旨は2550年憲法に基づいた選挙で選ばれた政府以外に他の統治機関があり、その統治機関を転覆しようとしている意味のような気もするがはっきり分かるにはまだ時間がかかるだろう。



2013/05/29

<ม็อบVIP>หรือ<ม็อบตากผ้า>


<モッブ VIP><洗濯物を干すモッブ>

57日からタイの観光名所中心地であるサナームルアンで集会を続けているチャイワット・シンスワォンが主催するกลุ่มภาคีเครือข่ายประชาชน(民衆ネットワークグループ)に属するグループはいくつかあって次のとおりである。
โฆษกเครือข่ายภาคประชาชน(民衆ネットワーク)
กลุ่มธรรมาธิปไตย(仏法主義グループ)
กลุ่มกองทัพปลดแอกประชาชนเพื่อประชาธิปไตย(民主主義民衆解放グループ)
กลุ่มสภาเกษตรกรไทยแห่งชาติ(タイ農民議会グループ)
กลุ่มสมาพันธ์เกษตรกรไทย(タイ農民連合グループ)
แนวร่วมคนไทยรักชาติรักษาแผ่นดิน タイ愛国国境防衛連合)
当初はカンボジア国境問題で国連の決議を認めないということで集会を始めたようであるが、いつの間にか政府が崩壊するまで集会を続けるという事になったようである。主催者のチャイワット氏によると4万人の同調者がいるということであるがテントを張って暮らしている地方の住民たちが干す洗濯物を見ていると100軒くらいの村落から来たということで<洗濯物を干すモッブ>という名前がついたが実際は集会ができないサナームルアンで長期間いるということは管理者のバンコク都庁のお客さんというところで水、トイレのサービスとVIPなみのようである。

また527日には久しぶりにパンタミットが 3/2556という声明を出した。2556年で3通目ということだから少ないのだろう。

1.パンタミットは凶悪刑事事件を起こした者と一味またタクシン元首相の過ちを清算する法律に断固反対する。
2.与党政治家が目論む憲法68条の改正で国民が憲法裁判所に訴える機会がなくなると共に憲法291条を使った憲法の全面改正につながるので憲法裁判所に次のことを訴える。
-憲法裁判所が判決を出す前に憲法改正第二読会を緊急臨時措置で停止させるとことを訴える。
-国会は規定に違反する権利で改正しようとしているので却下するように訴える。
-上院・下院議員は憲法改正議題を取り消し、国会議長は憲法改正議題の第二、第三読会を取り上げないように命じるように訴える。
-憲法改正議題を提出して憲法裁判所を無視する政治家が所属する党の解党を訴える。
-政党の役員の公務停止5年間の措置をとるように訴える。

パンタミットは集会をやろうにも資金と人員不足と言う事と中心人物が保釈中で保釈の取り消しを恐れているのだと思うが、それ以外にも実際は民主党が影響力を持つ南部の人達を動員できない限り集会はできない状況になっているのだろう。2550年憲法改正の68条については4件の訴えがあり5月29日には憲法裁判所は判断するようだが、このパンタミットの訴えがまとめて判断されるのかそれとも延期になるのか微妙なところである。


2013/05/27

<หน้ากากขาว>กับ<ดีแต่พูด>


<白い仮面><お喋り上手>

4月29日のモンゴルでのインラック首相のスピーチそして追加するような5月29日の赤服ラーチャプラソン集会3年目でのタクシン元首相のスピーチ、両方がプアタイ党の進むべき方向を示唆するスピーチであったと思う。この方向を認めないグループは抵抗を強め始めたようである。このグループとは2549年のクーデターを構想、実行したグループで保守派ということもできるがよく分かりにくいので、これからは赤服が言うようにアマートとしておく。ではアマートはどうしてプアタイ党が進める方向を嫌うのか、それは開発を通じて人の格差をなくしバンコクと地方の格差をなくしていくというのが主な原因という気がする。バンコクに住むアマートにとって田舎の人が同じような待遇を受けるのは許しがたいのだろう。この人達ははっきりと言って長年続けてきた偏見を捨て去ることができないというのが理由だという気がする。

インラック政権に対する抵抗は国会および国会外を含めマスコミを通じて当初からあった現象であるが、最近はFacebook等のソーシャルメディアを使った攻撃が増えてきているようである。今のところ有名になっているのは白い仮面というグループでプアタイ党の公式Facebookがアップデートするたびに写真や内容が白い仮面に変わってきてるということである。この現象に対して同じくお喋り上手でプアタイ党を攻撃してきたアピシット民主党党首は、これらの現象は政府が表現の自由を狭めているので起こってきたことで、例えば先のバンコク知事選では役人が民主党の選挙妨害をしたと政府のせいにしているが、事実はバンコク知事選での一番の弊害と選挙違反は民主党のプアタイ党候補を攻撃するのに使った虚偽のスローガンであったことはいずれ選挙委員会によってはっきりとするだろう。少しづつクーデターの前の年である2548年に似通ってきて混乱が収まらなくなったという理由でクーデターが起ることを期待しているグループがざわめき始めたようである。そして感じるのはパンタミットが使った拍手のおもちゃと同じく白い仮面にも中間層の偏見と一人よがりが見えるようである。


2013/05/26

<พระราชบัญญัติว่าด้วยการปรองดองแห่งชาติ พ.ศ....>


<仏暦....年の国家和解法>

5月24日に国会に提出されたチャローム・ユーバムルン副首相の和解法は8月から始まる国会の一般定例会期において論議されることなると予想されるが、和解法については昨年の2555年に4件が提出され2日間の論議の末、民主党による国会での騒乱と国会外ではパンタミットによる騒乱で頓挫したままになっているので書いておく。

1.ソンティ・ブンヤラットグリン下院議員提出の和解案
全部で8項目があり2548年9月15日から2554年5月10日のあいだで政治家、政府職員、一般人の行為で裁判中の件については審問を中止して訴訟を取り下げる。判決が出た件については判決がなかったことにする。判決が出て収監中の者は釈放され、すべての人が恩赦の対象になる。また2549年9月19日のクーデターによる件については取り消され政治上の権利を剥奪された者は元通りになり、この件で被害を受けていた場合は被害請求を民事裁判所に訴えることができる。

2.サーマート・ゲーオミーチャイプアタイ党下院議員とグループ提出の和解案
全部で8項目がありソンティ・ブンヤラットグリン下院議員提出の和解案と近いがクーデターにより政治上の権利を剥奪された者は元通りになる。

3.ニヨム・ウォラパンヤープアタイ党下院議員とグループ提出の和解案
全部で5項目があり注目すべき点はクーデターによる被害者と加害者ともに恩赦を受けることができ、項目の3では他の和解案が触れていないクーデター後にできたコーモーチョーคณะมนตรีความมั่นคงแห่งชาติという国家安全評議会に従った者と機関を恩赦するという項目があることである。そしてもう1ヶ所違っているのは恩赦を受けるものは被害の請求をすることはできないということである。

4.ナタウット・サイグアプアタイ党下院議員およびノーポーチョー幹部とグループ提出の和解案
全部で7項目があり内容は1と2に似ているが、この間の集会により拘束されている収監者の罪状をなくし直ちに釈放するということと加害者と被害者共に中心人物の恩赦は認めていないことである。


2013/05/24

<21世紀東アジア青少年大交流計画>

5月22日~25日、日本を公式訪問したインラク首相は東京で開催された第19回目の“アジアの未来”国際会議に出席した後に、4月29日モンゴルの首都ウランバトールで開催された民主主義共同体会議でタイの民主主義についてのスピーチが国内で批判されて以来初めてタイの民主主義について語ったようである。現在もタイ国内で続いているいろいろな抗争はすべてのグループがタイに平和をもたらすために民主主義に則り我慢強く話しあえば解決できることで、タイを前進させ経済の発展のために民間の会社で勝ち得た経営手腕を国の運営にも応用できると考えている。また首相の座について2年間、政府はいろいろな民主主義的機会を設け国民の意見を聞き国民が民主主義的方法で安定が戻ってくるように努力してきたと語った。

そして首相とタクシン元首相の役割については国民は私を信頼して国の経営を任せてくれているが、タクシン元首相の妹であるという立場ではタクシン元首相が支持されてきた国の経営方法を捨てる訳にはいかずまた女性首相であることでの弱点については、男性女性という視点で見るのではなく国民は女性首相が務める政権に信頼を寄せ国の運営を委ねた結果、タイの経済は順調で投資環境の良くなっていると述べた。また日本とともに進めていくミャンマーへの投資については、日本は以前タイのイースタンシーボードに投資したようにミャンマーのタワーイ経済地区にも投資援助してミャンマーの民主主義のさらなる発展に協力すべきだと語った。最後にインラク首相は安倍首相が推進する東アジアの青年を日本に招聘して各国の交流を深めていくJENESYS 2.021世紀東アジア青少年大交流計画)について称賛をするとともに、日本を訪れるタイの観光客が増えていることも踏まえタイと日本の交流がより活発になることを願っていると語った。

インラック首相が日本で語ったことに対して民主党と取り巻き保守派はモンゴルの時のように難癖をつけることができるか探していると思うが何もなくても想像力で創りだしてくるだろう。それが彼らの仕事で役割なのだから。



2013/05/23

<การตัดสิทธิบุคคลในการพิทักษ์รัฐธรรมนูญ>


<憲法擁護においての個人の権利侵害>

5月22日、憲法裁判所は国会議長ソムサック・ギエットスラノン国会議長と312人の国会議員が進めている憲法改正68条は2550年憲法を擁護する国民の権利を侵害する結果になり憲法68条に反しているとして憲法裁判所に訴えた次の4件をまとめて検討することに決めたようである。

ソムチャーイ・サウェーンガーン 上院任命議員
ブアン・ヤシントーン 3機関保護志願国民グループの中心人物
ワリン・ティオジャラット 前上院任命議員 サヤーム団結グループ中心人物 
ソムジェート・ブンタノーム 前上院任命議員

この件についてはもう一度5月29日の会議で当事者双方を呼んで審問するのか、それとも審問なしに判定するのか討議するということである。これらの訴えで注目すべきは2550年憲法を擁護する国民というが、国民が憲法裁判所に訴えたのは聞いたことがなく、だいたいは上院任命議員と民主党党員である。この人達も国民ではあるが狙いは反タクシンまたはプアタイ党を解党するために憲法68条を使っているだけである。

また、パイブーン・ニティタワン上院任命議員とジャームサック・ピントーン前上院任命議員によるプアタイ党が会議において憲法改正問題、恩赦法問題、2兆バーツ借入法を討議したときにタクシン元首相がスカイプで参加したのは憲法68条に反すると訴えていた件については、党の会議に参加するのは政治家として普通のことでそのことで問題が起きたわけでもないということで全会一致で却下した。


2013/05/22

<ยุบรวม>กับ<ควบรวม>


<廃合><併合>

先ほど公表された教育省の学童が少ない60人以下の学校を廃校にするという計画では、教員が少ない学校では一人の教員が違った学年の教室で教える必要があり質が落ちてくるということと、学童数が少ないと予算も少なくなり必要な備品が揃えられないという状態になっているので統合するという考えのようである。たとえば60人の児童がいる学校では教師が2人で2クラスしかなく学年が違う児童も一緒に勉強をしなければならなくなっているということである。もし学童の学校が廃校になりより遠い学校に通う事になるなら政府は交通費として1人の1日あたりで10~15バーツを支給するということである。しかしあくまでも学校の質を考えての廃校で60人以下の学校でも質がいいところは残していき廃校する場合も保護者と地域の人達と話し合って決めるということである。

生徒数が120人以下の学校数 14,816校
生徒数が60人以下の学校数 8,962校
生徒数が41~60人以下の学校数 3,163校
生徒数が21~40人以下の学校数 2,090校
生徒数が20人以下の学校数 709校

現政権がタクシン政権から引き継いでいる開発党という性質は分かるが、教育を開発と同レベルで考えるのは問題があるのではないだろうか。教育水準を上げて成績が良い生徒を作っていく開発が各種の個性を持った生徒を画一化してしまうのではないだろうか。タクシン政権時代からそれまで見放されてきた地方・田舎に焦点を当てて生活水準の向上を図る開発をやってきたことは認めるが教育に関しては保守的な考えも取り入れていくべきだと思うし慎重に考えるべきだと思う。

股この計画に対して民主党の元文部大臣でナコンシータマラート県議員であるシナウォン・ブンヤギエット議員は国民の権利を制限するもので憲法違反であると反対している。またもやこの政策も憲法裁判所に訴えられるのであろうか。


2013/05/21

<กระชับพื้นที่>หรือ<ล้อมฆ่า ณ ราชประสงค์>



<包囲区域を狭めていく><ラーチャプラソンにて包囲壊滅>

2556年5月19日はラーチャプラソンでの赤服集会が鎮圧されて3年目になる。民主主義を望む国民は赤服集会に参加して民主主義を踏みにじったクーデターそしてクーデター以降に選挙を経ずにできたアピシット民主党政権に反対して国会解散を要求したがアピシット政権と民主党は何を考えたのか実弾とスナイパーを使って集会を壊滅させようとして100人の死者と2,000人の負傷者を出した結果になった。これまでのタイの歴史で何度かおこった集会鎮圧との大きな違いは、以前は恩赦という形で曖昧に終わったのが、今回は弾圧する側とされた側が司法の場で裁かれることになったことである。

2516年10月14日の朝から15日の夜にかけての騒乱での死者は77人で責任者であるタノーム・ギティカジョーン元帥は国外逃亡した。2519年10月6日の朝から午後にかけての騒乱では46人が亡くなり、夕方にはクーデターが発生した。2535年5月18日の騒乱は死者数が40人で行方不明者が多数である。責任者であるスジンダー・クラープラユーン大将は一切の公務から退きソーイラノーンの家でおとなしくすることになった。2553年4月10日から5月19日までの39日間の騒乱では100人が死亡して2,000が負傷するという結果になった。タノーム・ギティカジョーン元帥とスジンダー・クラープラユーン大将の両人はなんとか責任をとって公務から退き恩赦をもらったようであるが、2553年の責任者アピシット民主党党首は2554年7月まで政権を続けた訳であるが、この違いは集会側には黒服武装集団がいて彼らが集会に参加している民衆を殺害したと集会はテロリストが主催したもので19日の集会解散後に起こった各地での火災を<เผาบ้าน เผาเมือง>家を燃やして国を燃やすという標語が明らかなように一切の責任を集会主催者である赤服集団になすりつけたことであろう。この集会を鎮圧したアピシット政権は騒乱後も政権を続け独自の調査委員会を立ちあげ真実を探り出そうとしたが、反対に真実を隠す結果になり裁判が真実を少しづつであるが暴きだしてきているようである。

まずは<เผาบ้าน เผาเมือง>の象徴であったセントラルワールド放火の容疑で捕まった赤服が無罪になり、保険を請求する民事裁判では赤服集団はテロリストではないと言明している。また100人の死者の司法解剖裁判は8件の結果が出て14件が裁判中で残りは検事局で捜査中だということである。では黒服武装集団はどうなったのかだが、鎮圧時には鎮圧する側としては黒服を壊滅するのが当然の筈なのだが、一人として逮捕されるか負傷した黒服がいないところを見るとおそらく初めからいなかったのだろう。一体いつ頃からソーオーチョー(非常事態対策本部)が黒服集団-テロリスト-<เผาบ้าน เผาเมือง>で集会を弾圧する口実にしたのか、またそれにより軍に正当性を与え実弾とスナイパーを使ったのはどうしてなのか、真実はアピシット、ステープ裁判で出てくるのだろうか、今のところ3人を殺害する指示を与えたという罪状を背負った二人であるが、これからも増えていくし残りの人生は裁判の連続ということになると思うが、犠牲者および国民に陳謝することはあるのだろうか疑問である。