2013/11/03

<กลับมาแน่! ก่อนปีใหม่ 57>


<2557年の新年には必ず帰ってくる>

10月31日の国会下院議会での恩赦法第二、第三読会に出席していたチューウィト・ガモンウィシット ラックプラテートタイ党首は自身のフェースブック“チューウィトI'm No.5"で議場での様子を次のように報告している。この中で興味深いのはモップとはお金のことだということでお金がないと何もできないということである。サームセーン駅にいる民主党モップにどれだけのメシ代が必要なのか、1食が50バーツとして50X6,000人X7日間=210万バーツと1週間だけでこれだけ必要になるわけである。2549年のパンタミットモップのときはタクシン元首相の独り占めに反対する企業家、資産家が資金提供したのだろうが、現在の状況では彼らも政府の「2020年タイの未来」等の大型プロジェクトの方に魅力を感じているはずである。

タイトル<2557年の新年には必ず帰ってくる>フェースブック“チューウィトI'm No.5より

10月31日の夜の議会は眠くてしんどくて10杯のコーヒーを飲んだが未だに投票は行われず、議場で居眠りをしていると盗み撮りをされて公表されると困るので、ソファーがある喫煙室に行くとプアタイ党の議員が大勢寝る用意をし始めていた。

僧が托鉢に出る前でまだ鶏が鳴き始めない時に恩赦法の第三読会は議会を通過した。そしてタクシン学校は全て完了した。タクシン元首相は政治権力、国家権力そして民衆がそろえたこれ以上にいい機会はないということでどうしても帰国したくなったのだろう。モップウルポンはアマチュア半分プロ半分で資金もなくそれほどでもないし、民主党のモップサームセーンはにぎやかだが人生映画と同じで長く続くだけだろう。モップに来るのは気分、愛情でも必要なのはお金ということだろう。モップが動けるのは腹次第ということでステープ下院議員は集会場に着くやいなや食事を出すテントにかけつけてモップを惹きつける食事があるのか、そこは長年の経験ですぐにチェックしたということである。ミュージックもないとモップを長く引きつけられないので「バーンラジャン」というアユタヤ時代の愛国村の歌を所望するが、この歌に出てくるバーンラジャン村はビルマとの戦いで全滅したのでどうかなとあの難しい顔をさらに難しくしたようである。


2013/10/20

<สุดซอย>กับ<ทะลุซอย>


<路地の終わり><路地を貫く>

2556年10月19日に野党委員の反対で混乱していた恩赦法は特別委員会の会議で恩赦法の6条項が賛成多数で可決され11月上旬の国会において第二読会が討議されることになった。特に第3条ではクーデター以降の独立委員会特にタクシン政権だけを標的にした国家損失行為調査委員会(コートーソー)等の判定を無効にするという議案提案者であるウォラチャイ・ヘーマプアタイ党下院議員もびっくりする変更に民主党委員は猛烈に反対したようである。もしこの6条項で国会を通ったとするとタクシン元首相に対する罪状は無効となりと国に没収された財産はタクシン元首相に返還されるということである。タクシン元首相が没収されたのは460億バーツで3年間の利子40億バーツを上乗せして500億バーツが返還されることになりそうだということである。

この件について特別委員会の委員でもあるアピシット民主党党首はついに路地の終わりまで辿り着き路地を抜けだそうとしていると表現した。2549年のクーデター以来、海外で暮らすタクシン元首相にとってついに路地を抜け出し帰国への道ということになるのかもしれない。政府とプアタイ党がこの時期に踏み切ったのは2年間の政権維持で軍が強気にはならないという見通しがついたことだろう。軍は突き詰めれば利権集団で予算をもたらす政府が民主党にはならないと見ぬいたのだろう。またこの2年間の反政府デモを警察の力だけで鎮圧できたことに自信を持ったのだろう。軍からは無視され司法は足踏み状態であるなか民主党をはじめとするアマート勢力にとって最後の頼みはデモであるわけだが少なくとも10万単位でないと政府転覆は厳しいと思うが千単位で止まっているデモ参加者を見ていると到底ムリではという気がする。


2013/09/29

<รธน.วาระ 3 ที่มา ส.ว.>


<上院議員の選出法に関わる憲法改正案>

2013年9月28日12時に遂に憲法改正案が第3読会を賛成358反対2、棄権30で通過して成立した。反対が少ないのは法案に反対する民主党と一部の上院議員が議場から逃げ出したからである。
2550年の憲法がクーデター勢力によってできてから7年、プアタイ政権ができてから3年目にしてやっとクーデター憲法を国民憲法に戻すことが少しだけ前進したわけである。この先も憲法裁判所からの横槍があると思うが、2550年憲法は国民の意思を反映してない憲法でこの憲法を維持しようとするのはアマート勢力すなわち反動、反民主主義勢力でおのれの権力が少しでも漏れていくのを必死に防ごうとしている勢力である。
タイの民主主義を妨害しているのは2550年憲法であるのは確かなことで7年もの間改正できなかったのは憲法裁判所を始めとした司法機関がこの憲法を守ってきたのは事実である。


2013/07/02

<ตุลาการธิปไตย>กับ<ประชาธิปไตย>


<裁判官主義><民主主義>

タイにいてよく聞かれるのは“どうしてよくならないの”という質問で答えとしては“まだタイはそこまで行ってないんだよ”ということだと思う。ではどうしてそこまで行けないのか国民の90%以上は民主主義を望んでいて格差の解消、地位や富の平均化を望んでいるのだが5%くらいの旧権力と呼ばれるグループが平等と発展を阻んでいるようである。このグループは自分たちの権利が普通より多くあり自由に出来る範囲を広げようとしている。平等という考えの上にあり公平よりも有利を得たいと考えている。そしてグループの広告では他より優っていて“良い人または道徳倫理に優れた人”の集まりでずっと支配者に向いていると言っているようである。そしてそれを補うように武器と司法を使って権力を維持していこうと考えている。しかしこのグループも何度か判断の間違いをおこし修正しようとするたびに対立はいっそう激しくなっていくようで個人からグループにそして最後にはタイ全国での対立に広げてしまったようである。その判断の間違いは次のとおりである。

1.最初の判断の間違いは敵と見方の区別ができずにタクシン元首相の地方に対するポピュリズムを危険と感じてしまいタクシン元首相を敵に回したことである。
2.2549年のクーデターを起こしてしまったことで大部分の国民が反対または敵対することが予想できずに選挙を直ちにやる必要に迫られたわけであるが結局はまた同じく選挙で負けるという結果になったわけである。
3.2551年からの司法強調主義によりパランプラチャーチョン党を解党したが、全国的な色分けが始まり司法は片一方に付き司法に対する信頼を大きく損なってしまったことである。
4.これらの3件により赤服集団が大きくなり始め2553年の4月から5月の集会を銃により鎮圧したことで100人もの死者を出したことで全国的な対立はますますひどくなり解決し難くなったことである。

そしてこのグループの判断の間違いの5番目は現在進行中の裁判官主義により選挙により国民が選んだ民主主義の道を崩そうとしていることである。


2013/06/02

<การไฟฟ้าฝ่ายผลิตแห่งประเทศไทย กฟผ.>


<タイ発電公社>

2552年、4年前にタイ発電公社はBreak out(突発事故)という広大な地域で突然に電気の供給が停止したときにどのように対処すべきかというビデオを作った。そのビデオでは10分以内に回復できるとあり、また5分以内に回復できるように改善しているとなっていた。しかし5月21日18:52に南部の14県で起こった大停電は23:45になってやっと回復したので停電はほとんど5時間続いたことになる。特に南部国境地域の3県は正常に電気があったとしても夜はテロリストからの攻撃を恐れている地域なので、この5時間の恐怖は計り知れないものであったと思われる。

今も続いている調査で分かったことは当日南部で足りない電力を中部から送電している4本のケーブルの内の500kvのケーブルを定期検査していたところ雷によりもう1本の500kvのケーブルが破損してしまい2本のケーブルが送電できなくなったことにより、南部にあるカノーム発電所、ジャナァ発電所、ラッチャプラパー・ダム発電所の3ヶ所、普段は1,600Mwを発電する能力があるが南部地方で日常で必要な2,200Mwの内、600Mwを送電していた中部からのケーブルが破損したことで送電できなくなり、南部の3ヶ所の発電所はその分を補おうとして過剰操業になり自動的に3ヶ所の発電所が停止して大停電になたということである。

この問題を解決すべくタイ発電公社としては南部に石炭を使った発電所を作ろうと計画はあるのだが地元住民の反対でなかなか実現しないようである。現在ある計画はプラチュアップキリカーンとクラビーに800Mwの発電所を作るために地元住民を説得しているようである。




2013/05/31

<องค์ประชุม>และ<ใช้สิทธิอภิปราย>


<委員会構成数>そして<論議する権利を使う>

5月29日の憲法裁判所の判断では上院任命議員等が訴えていた4件の憲法改正動議が憲法38条に違反するという案件は上院・下院議長の釈明文を待って判断するということであったが、ルアングライ・リーギットワッタナ元上院任命議員の訴えは却下されたようである。ルアングライ元上院任命議員の訴えとは憲法改正動議68条と237条について国会での第一読会が通過して審議会で修正議論をする第二読会に民主党議員36名が参加しているのは憲法68条に違反するので民主党を解党して党首と党役員は5年間の公務停止処分にすべきでるということである。ルアングライ元上院任命議員の訴えの意味は、民主党は憲法改正動議を憲法68条に違反する行為だと訴えているが、訴える人が訴えられる人と同じ審議会で議論をしている行為は、この行為を認めていることで民主党もまた68条に違反するとして訴えられるべきだと考えているのだろう。

この訴えを却下した憲法裁判所は理由として民主党議員が審議会で議論をしているのは野党も審議会に参加するという定足数の規定があるとともに国会議員は議論する権利があるのでそれは当然のことで、また今のところ民主主義制度統治の転覆を目論んでいるという行為も見つからないので却下するということである。憲法改正は第291条(原則・方法)憲法改正は以下の原則及び方法によってのみ、これをなすことができる。という条項ではっきりと認められていることで、その行為を憲法68条第一項の民主主義制度統治の転覆という重大な罪状で停止させようとするのは憲法裁判所にとっても厳しいのかサマック・スントラウェート首相を解任するときに辞書を繰りながら考えついたように今回もどのように判断すればよいのか9人の裁判官が考えているのだろう。



2013/05/30

<มาตรา 68>และ<มาตรา 237>


<68条><237条>

29日に憲法裁判所が憲法改正動議特に68条が憲法違反であるかどうか判断を示そうとしている土壇場で民主党ソンクラー県選出のウィラット・ガラヤシリ議員が憲法裁判所に訴えを起こした。この議員を始め民主党の議員も憲法改正の第二読会である審議会に参加してแปรญัตติ(動議修正)に参加しているのだから、今さら憲法改正行為が民主主義体制を打倒するものだと68条で訴えるのは国会という立法機関を無視する行為で民主党は選挙も認めず、ここにいたっては国会も認めないという集団になったようであるが、民主党としては審議会でも自党の意見が通らないのでここは憲法裁判所に頼るしかないという判断になったのだろう。国会で少数派の自党の意見が通らない時は国民に訴えるのでなく憲法裁判所に訴えるのが民主党の常套手段になったようである。さてその訴えであるが先日提出されたパンタミットの訴えとよく似ているが次のとおりである。

1.2550年憲法68条と237条の改正動議を取り下げるようにすることを訴える。
2.プアタイ党、チャートタイパッタナー党、パラングチョン党、マハーチョン党、プラチャーティパッタイマイ党、チャートパッタナー党の解党を訴える。
3.憲法裁判所が判断を下すまで68条と237条を国会で討議するのを停止する臨時措置を訴える。そしてこの訴えはパンタミットとは関係はなく、プアタイ党への嫌がらせでないことを言っておく。

またこれ以外にも2兆バーツ借入法と和解法についても順次、憲法裁判所に訴えていくということで民主党は憲法裁判所内に民主党支部を設けたほうが便利になるし憲法裁判所は民主党内に裁判所を設けた方がいいという気がする。

そして29日の夕方になっても憲法裁判所は判定を下していない。理由としては上院・下院議長が今回の訴えに対して釈明文を憲法裁判所に提出するのを待つというのが表向きで本当はどのような決着つければいいのか迷っているのだろう。この問題になっている2550年憲法68条について考えてみると大切なのは1項にある次の点だと思う。

民主主義制度統治の転覆、もしくは本憲法が規定する方法に拠らない国の統治権の奪取のために、本憲法に基づく権利及び自由を行使することはできない。

訴えられたのは憲法改正動議を提出した上院・下院議員312人と動議を受け付けた両院の議長である。しかし彼らは与党で国の統治を担当しているのにどうして転覆させる必要があるのだろうか。それともこの条項の趣旨は2550年憲法に基づいた選挙で選ばれた政府以外に他の統治機関があり、その統治機関を転覆しようとしている意味のような気もするがはっきり分かるにはまだ時間がかかるだろう。



2013/05/29

<ม็อบVIP>หรือ<ม็อบตากผ้า>


<モッブ VIP><洗濯物を干すモッブ>

57日からタイの観光名所中心地であるサナームルアンで集会を続けているチャイワット・シンスワォンが主催するกลุ่มภาคีเครือข่ายประชาชน(民衆ネットワークグループ)に属するグループはいくつかあって次のとおりである。
โฆษกเครือข่ายภาคประชาชน(民衆ネットワーク)
กลุ่มธรรมาธิปไตย(仏法主義グループ)
กลุ่มกองทัพปลดแอกประชาชนเพื่อประชาธิปไตย(民主主義民衆解放グループ)
กลุ่มสภาเกษตรกรไทยแห่งชาติ(タイ農民議会グループ)
กลุ่มสมาพันธ์เกษตรกรไทย(タイ農民連合グループ)
แนวร่วมคนไทยรักชาติรักษาแผ่นดิน タイ愛国国境防衛連合)
当初はカンボジア国境問題で国連の決議を認めないということで集会を始めたようであるが、いつの間にか政府が崩壊するまで集会を続けるという事になったようである。主催者のチャイワット氏によると4万人の同調者がいるということであるがテントを張って暮らしている地方の住民たちが干す洗濯物を見ていると100軒くらいの村落から来たということで<洗濯物を干すモッブ>という名前がついたが実際は集会ができないサナームルアンで長期間いるということは管理者のバンコク都庁のお客さんというところで水、トイレのサービスとVIPなみのようである。

また527日には久しぶりにパンタミットが 3/2556という声明を出した。2556年で3通目ということだから少ないのだろう。

1.パンタミットは凶悪刑事事件を起こした者と一味またタクシン元首相の過ちを清算する法律に断固反対する。
2.与党政治家が目論む憲法68条の改正で国民が憲法裁判所に訴える機会がなくなると共に憲法291条を使った憲法の全面改正につながるので憲法裁判所に次のことを訴える。
-憲法裁判所が判決を出す前に憲法改正第二読会を緊急臨時措置で停止させるとことを訴える。
-国会は規定に違反する権利で改正しようとしているので却下するように訴える。
-上院・下院議員は憲法改正議題を取り消し、国会議長は憲法改正議題の第二、第三読会を取り上げないように命じるように訴える。
-憲法改正議題を提出して憲法裁判所を無視する政治家が所属する党の解党を訴える。
-政党の役員の公務停止5年間の措置をとるように訴える。

パンタミットは集会をやろうにも資金と人員不足と言う事と中心人物が保釈中で保釈の取り消しを恐れているのだと思うが、それ以外にも実際は民主党が影響力を持つ南部の人達を動員できない限り集会はできない状況になっているのだろう。2550年憲法改正の68条については4件の訴えがあり5月29日には憲法裁判所は判断するようだが、このパンタミットの訴えがまとめて判断されるのかそれとも延期になるのか微妙なところである。


2013/05/27

<หน้ากากขาว>กับ<ดีแต่พูด>


<白い仮面><お喋り上手>

4月29日のモンゴルでのインラック首相のスピーチそして追加するような5月29日の赤服ラーチャプラソン集会3年目でのタクシン元首相のスピーチ、両方がプアタイ党の進むべき方向を示唆するスピーチであったと思う。この方向を認めないグループは抵抗を強め始めたようである。このグループとは2549年のクーデターを構想、実行したグループで保守派ということもできるがよく分かりにくいので、これからは赤服が言うようにアマートとしておく。ではアマートはどうしてプアタイ党が進める方向を嫌うのか、それは開発を通じて人の格差をなくしバンコクと地方の格差をなくしていくというのが主な原因という気がする。バンコクに住むアマートにとって田舎の人が同じような待遇を受けるのは許しがたいのだろう。この人達ははっきりと言って長年続けてきた偏見を捨て去ることができないというのが理由だという気がする。

インラック政権に対する抵抗は国会および国会外を含めマスコミを通じて当初からあった現象であるが、最近はFacebook等のソーシャルメディアを使った攻撃が増えてきているようである。今のところ有名になっているのは白い仮面というグループでプアタイ党の公式Facebookがアップデートするたびに写真や内容が白い仮面に変わってきてるということである。この現象に対して同じくお喋り上手でプアタイ党を攻撃してきたアピシット民主党党首は、これらの現象は政府が表現の自由を狭めているので起こってきたことで、例えば先のバンコク知事選では役人が民主党の選挙妨害をしたと政府のせいにしているが、事実はバンコク知事選での一番の弊害と選挙違反は民主党のプアタイ党候補を攻撃するのに使った虚偽のスローガンであったことはいずれ選挙委員会によってはっきりとするだろう。少しづつクーデターの前の年である2548年に似通ってきて混乱が収まらなくなったという理由でクーデターが起ることを期待しているグループがざわめき始めたようである。そして感じるのはパンタミットが使った拍手のおもちゃと同じく白い仮面にも中間層の偏見と一人よがりが見えるようである。


2013/05/26

<พระราชบัญญัติว่าด้วยการปรองดองแห่งชาติ พ.ศ....>


<仏暦....年の国家和解法>

5月24日に国会に提出されたチャローム・ユーバムルン副首相の和解法は8月から始まる国会の一般定例会期において論議されることなると予想されるが、和解法については昨年の2555年に4件が提出され2日間の論議の末、民主党による国会での騒乱と国会外ではパンタミットによる騒乱で頓挫したままになっているので書いておく。

1.ソンティ・ブンヤラットグリン下院議員提出の和解案
全部で8項目があり2548年9月15日から2554年5月10日のあいだで政治家、政府職員、一般人の行為で裁判中の件については審問を中止して訴訟を取り下げる。判決が出た件については判決がなかったことにする。判決が出て収監中の者は釈放され、すべての人が恩赦の対象になる。また2549年9月19日のクーデターによる件については取り消され政治上の権利を剥奪された者は元通りになり、この件で被害を受けていた場合は被害請求を民事裁判所に訴えることができる。

2.サーマート・ゲーオミーチャイプアタイ党下院議員とグループ提出の和解案
全部で8項目がありソンティ・ブンヤラットグリン下院議員提出の和解案と近いがクーデターにより政治上の権利を剥奪された者は元通りになる。

3.ニヨム・ウォラパンヤープアタイ党下院議員とグループ提出の和解案
全部で5項目があり注目すべき点はクーデターによる被害者と加害者ともに恩赦を受けることができ、項目の3では他の和解案が触れていないクーデター後にできたコーモーチョーคณะมนตรีความมั่นคงแห่งชาติという国家安全評議会に従った者と機関を恩赦するという項目があることである。そしてもう1ヶ所違っているのは恩赦を受けるものは被害の請求をすることはできないということである。

4.ナタウット・サイグアプアタイ党下院議員およびノーポーチョー幹部とグループ提出の和解案
全部で7項目があり内容は1と2に似ているが、この間の集会により拘束されている収監者の罪状をなくし直ちに釈放するということと加害者と被害者共に中心人物の恩赦は認めていないことである。